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完璧主義な親ほど子育てに苦しむ

子育てを楽しむ親がいれば、子育てに苦しむ親がいる。数多の親子関係を目の当たりにしてきた経験から、その差は人格面での優劣ではなく、行動面の差異に過ぎないと感じる。

完璧主義な親は、子育てだけに完璧であろうとしているわけではない。勉強や仕事を始めとして、人生そのものに対して真剣に取り組んでいる。真摯でなければ完璧さを追求しようとはしない。

性格は幼少期の環境に影響を受ける。完璧主義も例外ではない。環境は生来の資質と同じく、自分で選択することはできない。親や周囲の大人によって用意された環境の中で、子どもは経験を経験知として蓄積し、それを生存のために最適化していく。その過程で完璧主義と呼ばれる信念が形成される。

完璧主義な親は「〜でなければならない」と「〜すべきだ」という表現を使い、常に自分自身に指示をする。その言葉の裏側には、落ち度を責められたくないという恐れと不安の感情が張り付いている。自分自身がその指示通りにできなかった場合、恐れと不安は怒りという感情に転化される。

怒りの感情を鎮火まで眺めていられるのはごく一握りの人間だけだろう。大抵は抱えきれず、自分か他者に向ける。いずれの場合も、怒りの感情の強さゆえ、それは攻撃の意味を帯びる。

自分自身への攻撃は自己効力感を削り取る。問題解決や目標達成に対する自信を自己効力感と定義されることが多いが、完璧主義の親は完璧にできなかった自分を責める。幼少期の頃に自分を責めた役を、その親自身が引き受けているとも言える。

その怒りを他者に向ける際には、不機嫌や八つ当たりと呼ばれる態様になることもある。それが子どもに向いた場合、自己嫌悪に陥る親も少なくない。落ち込んだ我が子の様子に、幼少期の自分を重ねるかもしれない。その記憶がいっそう完璧主義の親を苦しめる。

完璧主義の親はもっと強くなりたいと願う傾向にある。彼らにとっての強さは完璧さであるため、より完璧になろうと努力する。努力をすれば、誰かにも自分にも責められないという信念に突き動かされる。自分ひとりで解決してきた幼少期の記憶のまま、大人になっても自分ひとりで抱え込む。それが努力だと健気に信じている。

2025年6月5日

(続く)

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