メンターからリーダーへ〜情理をまとった先にあるもの〜
正論は解決の手段ではない。それに気づいた者の一握りは、解決のためのロジックと知見を獲得する旅に出る。やがて解決の経験を積み重ねるうち、「解決」の定義を自問する者とそうでない者に分かれる。
理のない解決は「解決」には遠く、かといって理は感情の綻びを解決しない。洞察の時間が深く長いほど、その反動で共感に傾く。共感が旅の終着点だと錯覚するようになる。
共感という寄り添いは鎮痛剤として現在の痛みを和らげるに過ぎない。それが「解決」だと決めた者はその地にとどまり、それを解決としないものは新たな旅に出る。今の苦しみを取り除く共感の価値を認めつつ、感情の解決から構造の解決へと舵を切る。ここからメンターとしての歩みが始まる。いずれ空間の構造は時間の構造の一部であると知る。時間的構造の解決なくして「解決」はない。その結論にたどり着いた者は、情と理の双方の力を必要であると気づく。
テーゼとアンチテーゼという相反する関係にある情と理は諸刃の剣。状況次第で自ら深傷を負う。その時、情理の統合を目指す道を選ぶ者が現れる。図らずも、情理の統合はテーゼとアンチテーゼからジンテーゼを生み出す力を高める。情理をまとったメンターは、リーダーの力もまとうことになる。
「解決」をどう定義するかによって、情理でも解決できない事態に直面するようになる。解決すればするほど、解決とは何かがわからなくなる。解決という境界線の引き方がうまくなっただけに過ぎないのではないか。善良で真摯なリーダーほどそう自問する。
情理を経験で洗練させる者。幅広い知見で補強しようとする者。敢えて共感に傾く者。幾つかの航路に分かれる中、一度まとった情理を脱ぎ捨て、情と理の島へ引き返す者がいる。
苦心して統合した情理を分離し、再び情と理を対立させる。それは不安定な状態に自らを置くことに等しい。情理という万能な「解決」の拠り所を放棄して、情と理を抱え込む。テーゼとアンチテーゼをあるがままに共存させる。地に根差した強固な天秤は、絶えず互いに牽制し合う天秤皿の揺れにも動じない。情理をまとった先が見えてくる。
2025年12月27日
(了)