← ブログ一覧へ戻る

15年間の経験

この春、15年間教えていた生徒が卒業した。3歳から18歳までの長くて短い時間だった。

最後の授業はいつものように終わった。改まったことは言わず、また次の授業に続くように、いつものように話を聞いて、いつものように授業した。

数えきれないほどの話を聞いた。もしかしたら、本人よりも本人のことを記憶しているのかもしれない。本人の記憶が薄れている過去の出来事について尋ねられることもしばしばあった。

1年足らずの短い期間の生徒もいれば、10年を超える生徒もいた。幼稚園や小学生の頃から10年を超えて教えていると、生徒は私を先生と呼ばなくなることが多い。

もしかしたら生徒にとっての先生という存在から外れてしまうのかもしれない。同じことが私にも起こる。近すぎず、遠すぎず、縦でも横でも斜めでもない。双方の関係性を正確に表す言葉を未だ見つけられずにいる。

15年もの間、いつも笑顔で教わってくれた生徒に対する感謝と並んで、私に子どもを預け続けた家庭の胆力に脱帽する。

この世界に存在する目的が経験だとしたら、これほど自分の存在を確認できる経験も他にないだろう。多様な関係性の中でこそ、人はまっすぐに自分を育むことができる。

2025年3月31日

(了)

← ブログ一覧へ戻る