「塾講師×経営者×教育コーチ×企業コンサルタント」として
20代と30代。一介の塾講師だった頃、塾を経営する会社を二度立ち上げた。
40代。塾講師として東大や京大の大学受験の授業をしていた際には、3歳の幼児教育と首都圏名門小学校受験に携わった。
50代。オンライン1on1授業の個人事業を始めて間もなく、零細企業から上場企業の教育・製造・小売業の企業コンサルタントとなった。
いずれの年代も、対極の立場に身を置いている。それはまるでテーゼに対するアンチテーゼのようにも思える。
塾講師という従業員の立場から一転、経営者になったことで見える景色が劇的に変わり、経営と現場をつなぐ視座が生まれた。受験のゴールである大学受験と並行して幼児教育や小学校受験に携わることによって、特異点のような視点を得た。非属かつ個人を相手にする事業者でありながら、所属と集団を束ねる会社組織をコンサルティングすることで、あらゆる事象は人間が起点であるという振り出しに戻った。
塾講師と経営者という両極の立場を併存させるのは、20代と30代の自分にとって容易な課題ではなかった。経営も現場も揺れる。その度に、拮抗する平時のバランスが崩れ、感情も乱れた。経営視点を一般社員に持たせるようとするよくある経営側の試みは机上の空論かもしれないとも思う。
塾講師として、幼児教育から受けた影響は大きかった。大人の過去と幼児の未来を行き来するようになり、やがて生徒の現在を起点に、過去と未来を同時に見るようになった。それは親や家庭に対しても引き継がれ、さらには企業の社員や経営幹部、会社そのものへと向けられた。この視点がペアレンティングやコーチング、企業コンサルタントとしての礎となっている。
それは未来から現在を眺めることである。未来から過去に流れるという「逆向きの時間」を併存させている。子どもにせよ、大人にせよ、組織にせよ、その未来の姿から現在を見るという習慣が定着した。
個の数に反比例するように、組織は個の力で変えにくくなる。経営陣の知見が大対数の個の命運を握っている。その知見は組織内から生まれにくい。この構造は家庭にも通じる。日本の開国が外的因子から生じたように、企業も家庭も自己完結した枠を再構築するのは「枠組みの外にいる存在」となる。
数論と図形を関数が繋いだように、その存在は対極または異質でありながら共通項を持つ者でなくてはならない。現代の企業はマネジメントや人材育成に喘いでおり、私とは「教育」という共通項がある。社名やフィロソフィの策定、時代に即した人事評価制度や給与制度の構築やマネジメント能力の育成など、企業コンサルタントとして私が関わった案件のほとんどは「教育」に根を張っていた。
図らずも「対極という異質」と向き合うことで、教育の知見を得ることができた。西欧では物理学者と哲学者が議論を交わし、それぞれの知見を自身の研究に反映させることが珍しくない。それによって一方の極では生成できなかった視点や視座が生まれる。そのような異なる分野の事象に共通する構造や原理を見つけ、別の課題の解決に結びつけることをアナロジーと呼ぶ。
子どもに教えているときはその子の未来を、親や社員や経営者に話す際には彼らの過去を見ている。組織の課題は個人を、個人の課題は組織を考える。そのプロセスにアナロジーを取り込むことで、自己完結の枠を逐次破壊し、自己完結に陥った他者の課題を解決する足掛かりとなる。対極同士の衝突の思いがけない副産物であった。
(了)
